北アルプス三俣山荘のご主人であり、一般社団法人 ネオアルプスで代表を努めている伊藤圭さんのコラム「北アルプス 山と人と街」。第3回のテーマは、この夏、38年ぶりに営業を再開した「湯俣山荘」と再開通を果たした「伊藤新道」です。2023年のアウトドアの世界で大きな話題となった一連の活動について振り返り、ここで語ってもらいました。
伊藤新道に立つ伊藤圭さん(三俣山荘事務所/一般社団法人ネオアルプス代表)
温泉が湧く高瀬渓谷の“湯俣”と北アルプスの最奥の地“三俣”をつなぎ、秘境・雲ノ平へのアクセス路ともなるのが「伊藤新道」。ルート上の岩盤の崩落などのために40年近くも通行不能でしたが、伊藤さんの尽力によって登山道の再整備をここ数年で行ない、リニューアルした湯俣山荘をひとつの拠点に2023年8月21日から本格的に再通行できるようになりました。また、再開通前日から当日まで『ゆまキャン』(湯俣キャンプの意味)が開催されたことも大きな話題に。いまや湯俣はアウトドア愛好者の注目を集める人気スポットと化しています。
高瀬川の右岸の高台に位置する「湯俣山荘」
小屋自体もインテリアも“リユース”。 新しい「湯俣山荘」
伊藤「湯俣山荘がグランドオープンしたのは10月20日。『ゆまキャン』のときにはプレオープンしていましたが、飲食営業ができる許可も下り、シャワーもつけられて、やっとイメージしていた形になりました。ここまであっという間でしたね」
入口の上に看板も置かれ、本格的にオープン
「外観は父が作った昔の湯俣山荘のイメージを活かしながらも、内装は大胆にリニューアルしました。壁を白く塗り直し、床を張り直して、バーカウンターを作ったり。予算が少ないので、DIYの部分が大きいのですが、そのためにむしろおしゃれな雰囲気になった気がします」
食堂や団欒の場としても使われる受付前のスペース
「KEENさんのサポートは本当に助かりました! 例えば、大きな木のテーブルは、KEENさんが以前、展示用に使っていたものの再利用です。湯俣山荘はできるだけ環境に配慮した小屋にしたいと考えていましたから、こういうリユースはとても重要。しっかりとした造りのテーブルなのでメインの食卓として使いやすく、とても役立っています」
KEENから提供を受けた木のテーブル
テーブルの天板には、展示会用のKEENのメッセージもそのまま残っている
山荘ではテーブルとともにKEEN提供の収納ラックも活躍!
「テーブルの一部は、ウッドデッキにも置きました。高瀬川の景色が気持ちよく、ここでコーヒーやお酒を飲むと最高ですよ! 」
木のテーブルは、屋根付きのウッドデッキのスペースでも活用
「KEENさんからは頑丈なシューズラックも譲り受けました。これからどう再利用していくか、有効活用の方法を考えるのも楽しいですね」
金属と木材でできたシューズラック。撮影時点では、どこに置けば便利に使えるか検討中だった
宿泊スペースでもKEENから提供を受けたシューズボックスが活躍している
プライベート感重視で、山荘の居心地の良さは抜群
「湯俣山荘はドミトリーの区画が大きいのですが、ひとりずつ壁で仕切られていて個室のように使えるため、昔からの山小屋のように雑魚寝する必要はありません。若い人でも抵抗感が少ないと思います。ここまでは歩きやすい道のりですし、お子さん連れにも来てもらいたいですね」
リフォームされた小屋の内部。ドミトリーでも壁で仕切られ、プライベート感が保たれる
団体用の個室もあり、窓からは高瀬川の風景を眺められる
小屋の共用シューズは、ニューポートH2
「湯俣山荘ではKEENのシューズも活躍していますよ。山荘からは湯俣の見どころのひとつである噴湯丘へ散策できるのですが、途中で川を渡らねばいけません。このとき、小屋で準備しているニューポートH2ならば、水に濡れても平気です」
宿泊者用が自由に使える共用のシューズは、ニューポートH2
湯俣山荘のスタッフは、ザイオニックWPを愛用中
「じつはこの湯俣山荘、本格オープンは予定よりもだいぶ遅れてしまいました。本当は8月20~21日に開催した『ゆまキャン』のときには完全オープンしているはずだったのですが、天気などの問題で資材の輸送が思うように進まず……。ちょっと悔しかったですが、これは自然相手の山小屋の工事の難しさですね」
カウンターでコーヒーを淹れている伊藤圭さん。その後ろにはお酒の瓶がずらり
保健所の許可も下り、夕食も提供できるようになった
これからにつながる『ゆまキャン』の成功
「しかし、『ゆまキャン』自体は大好評でした! KEENさんはじめ、もはや僕たちとは仲間ともいえる、いくつものアウトドアブランドがブースを出してくれましたが、もともとモノを販売できない場所ということもあり、“みんなで遊ぶ”ことが主体のイベントになって、参加された方には楽しんでもらえたようです。当日の僕は忙しすぎて、お客さんとあまり話せなかったのが心残りですが、次にやるときはもっと落ち着いた雰囲気にしたいです(笑)」
『ゆまキャン』のときの集合写真。お客さんと関係者で 3〜400人近くが集まった(photo by 河谷俊輔)
「ゆまキャンのあと、たくさんの人が伊藤新道を歩いてくれました。初日だけで100人以上! 開通期間は10月末まででしたが、それまでに湯俣山荘で通行届を出してもらった人だけで、最終的には1000人を超えました。これは伊藤新道を登りに使う人の数ですから、下りも入れたら1500人以上になるはずですよ!」
伊藤新道に入る登山者は、湯俣山荘で通行届を提出する
「これで、いつも自分だけが歩いていた伊藤新道が、ついに“みんなの道”になりました。誰も歩いていなかった昨年までの伊藤新道を知っている人からすれば、夢のような話です。とくに混雑したシルバーウィークのときなど、僕の前後をたくさんの登山者が歩いている風景を見ていると本当に祝福されているような気分になりましたね」
ワイヤーとパネルで作られた第一吊り橋。これで安全に湯俣川を渡れるようになった
伊藤新道の開通が生み出した、新感覚のフィールド
「僕は伊藤新道の再開通によって、北アルプスに新しい“遊び場”ができたと考えています。こんなワイルドなフィールド、北アルプスどころか、日本でもほかにはないですよ! クラウドファンディングなどで応援してくださった登山者のみなさん、作道の作業に協力してくれた関係者の方々には、心からありがとうといいたいです」
たくさんの登山者でにぎわっていたシルバーウィークの伊藤新道
「ただ、今年は天気もよく、湯俣川の水量も少なかったために歩きやすく、大きな問題は見えてきませんでしたが、これからの課題は維持管理をどうしていくか、でしょう。人が増えた分だけ、環境にできるだけインパクトがない方法をますます考えていかねばなりません」
岩壁の高い位置につけられた桟道は、増水時の安全性を飛躍的に高める
「“道”という意味では、2023年で伊藤新道の整備に一区切りがつきました。次に安全対策として動き始めているのが、“避難小屋”の設置です。伊藤新道の森の区間には“茶屋”と呼んでいる場所があり、そこに2024年中には建設する予定となっています。トイレも設置し、衛生面も向上するはずです。」
見晴らしがいい“茶屋“と呼ばれる場所。ここに避難小屋を建設する予定だ
「僕はこの避難小屋ができないと、21世紀の伊藤新道が完成したとはいえないと思っています。そのために2022年に続く2度目のクラウドファンディングも行ないました。そこで集まった資金をもとに、よい小屋を作りたいですね」
伊藤新道を登りきると、稜線上の拠点となる三俣山荘に到着
登るだけではない、北アルプスの楽しみ方
「こんな伊藤新道は、高瀬渓谷にある湯俣山荘と稜線上にある三俣山荘を結んでいます。じつは三俣山荘の老朽化が激しく、本当は三俣山荘も建て直したいくらいなんです。でも、まずは湯俣山荘と伊藤新道の運営をしっかりと軌道に乗せること。三俣山荘に関しては、そのあとですね。しかし、いつになることか(笑)」
中央の赤い屋根が三俣山荘。その背後にそびえるのは、日本百名山の鷲羽岳だ
「好評だった『ゆまキャン』は、2024年もやるつもりです。伊藤新道は難易度が高いルートですから、誰もが北アルプスの稜線まで簡単に登れるわけではありません。でも、湯俣だけも十分に魅力的ですから、『ゆまキャン』をひとつのきっかけにして、多くの人に湯俣に来てもらいたい。そして湯俣山荘に泊まって、のんびり過ごしてもらえれば。これからは湯俣での遊び方をもっと提案したいですね」
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連載コラム「北アルプス 山と人と街」
#1山と人と街プロジェクトとは
#2<対談>伊藤圭 x 高橋庄太郎 北アルプスの秘境“湯俣”の魅力