重たい木製のショーケースを担ぎ、
山を登りながら焼き菓子を販売する
「お菓子売りの てくてく」こと山口あいみさん。
お菓子をきっかけに、
山に新たな交流が生まれ、
関わった人の世界が少しずつ広がっていく。
そんな小さな幸せの連鎖を生み出す、
山口さんの背負子ハイクに同行した。
“楽しそう”。その衝動から始まった
北海道・小樽市にある里山「塩谷丸山」。木製のショーケースを背負い、登山道を登っていく山口あいみさんの姿に、すれ違う登山者たちが次々と目を留める。
「お菓子を売っているんですか!?」 そんなやり取りが、“てくてく”の日常だ。
「山に登って焼菓子を販売する“お菓子売りの てくてく”の活動を始めて、今年で7シーズン目になります」
もともとは友人とカフェを始める準備をしていた山口さん。しかし、コロナ禍によってその計画は白紙になってしまう。それでも、「何かを始めたい」という気持ちが消えることはなかった。
「カフェで出す予定だったお菓子を、自分の好きな登山のフィールドで販売したら面白いんじゃないかと思ったんです。北海道の山には、本州のような山小屋文化が少ない。山で何かを買う、誰かとゆっくり会話をする。そんな機会が増えれば、純粋に楽しいだろうなって」
閃いたアイデアに胸が踊る一方、その道のりは決して簡単ではなかった。何しろ、前例がない。
「市町村や森林管理局など各所へ連絡しましたが、遠慮してほしいという反応が多かったです。でもよくよく聞くと、禁止ではないケースもあって。結局は、自分がやるかどうかなんですよね」
覚悟を決めた山口さんは、山での行商許可や菓子製造業の許可も取得。ついに実現までこぎつけた。
「なかには、よく思わない人もいるかもしれません。でも私は、この活動にネガティブなことは何ひとつないと信じています。ありがたいことに、多くの登山者が喜んでくれていますし、山の中にもともと流れているポジティブな空気に、私自身も背中を押してもらっている気がします」
現在はプロのパティシエに製造を引き継いでいるものの、優しい甘さで安心して食べられるお菓子づくりへのこだわりは変わらない。保存料は基本的に使用せず、持ち運びやすいパッケージに詰めたクッキーやグラノーラは、行動食にもぴったりだ。
「特別、山に特化したお菓子というわけではないですが、山の中でほっとできるようなものを届けられたらと思っていて。パティシエさんと相談しながら、味を考えています」
背負子ハイクに欠かせない、
足元の信頼感
木製のショーケースに加え、水や備品も含まれる背負子の重さは、最大約15kg。山岳会に入り、登山道整備のボランティアも積極的に参加してきた山口さんでも、その活動はなかなかにハードだ。
「お菓子が揺れて落ちたり、木に引っかかったりすることもあるので、歩き方にも注意が必要です。気をつけているうちに揺らさないように歩く感覚は、かなり身につきました」
北海道の山は、春夏でも雪が残る。雪解けによる泥濘も多く、グリーンシーズンでも足元の環境は決して穏やかではない。重い荷物を背負っていればなおのこと、しっかり踏ん張れ、安定して歩けることが求められる。
「行く山の道の状況に合わせて適宜シューズを変えますが、やっぱりグリップ性や防水性が高いものは安心です。不安や不快要素は、集中力にも影響するので極力取り除きたいですね」
登山を始めた頃からKEENの登山靴を愛用している山口さんは、今回着用した『TARGHEE IV WP(ターギー フォー ウォータープルーフ)』についても、その安定感を高く評価する。
「しっかりしたソールなのに、足取りはいたって軽快でした。とくに印象的だったのが、足まわりのゆとり。私は幅が狭い靴だと窮屈さを感じやすいのですが、これは自然に履けて、足指を使って歩いている感覚がある。グリップ力も頼もしく、湿った岩のうえでも安心して歩けました」
KEENらしい柔らかいデザインも山口さん好みだ。
「骨太なモデルなのに、丸みを帯びたフォルムやピンクの差し色などKEENらしい柔らかさがあってかわいい。私は山の道具を選ぶとき、“好き”と思えることを大事にしたいと常々思っていて。『TARGHEE IV WP(ターギー フォー ウォータープルーフ)』のように、気分が上がるデザインと、履いていてストレスがないこと。結局、そういうものが手元に残るんですよね」
「こんにちは」以上の、
会話が生まれる
山口さんは、てくてくの活動を仕事という感覚では捉えていない。
「本当に好きでやっているだけ。許可を得ている場所に限られますが、どの山へ行くかも、その日の天気や気分次第。花の咲く時期を目がけて山を選ぶことも多いです」
そんなふうに自然体で続けてきた活動は、いま、山に新しい景色をつくり始めている。
この日も山頂に到着すると、山口さんの周りには登山者が集まり、お菓子を片手に会話や笑い声が広がっていった。山頂には、どこか和やかな空気が流れていた。
「山で人と会っても、多くは挨拶のみで終わります。でも、お菓子があることで一歩踏み込んだ会話が生まれるんです。
山には子どもから年配の方までいろんな人が来ていて、それぞれの視点や経験を持っている。ちょっとした会話でもその違いが垣間見えて面白いし、自分の世界観を広げてくれているなと感じます」
なかでも印象に残っているのは、小学1年生の女の子との出会いだ。
「夏休みの自由研究で、てくてくと同じ背負子を段ボールで再現してくれて。後日、実際にその背負子を背負い、一緒に山を歩いたんです。“てくてくさんになりたい”と言ってくれて、とても嬉しかったですね」
喜びを分けてもらうだけでなく、新たな気づきをもたらす出会いもある。
「風の音や人の足音、動物の気配など、山は五感を使って登るもの。でも耳が不自由な登山者と出会い、音が聞こえないリスクのなかで山を楽しむ人もいるのだと知りました。山に登る人の数だけ、山の楽しみ方があり、背景がある。周りに気を配って登ることの大切さを改めて考えるきっかけにもなりました」
お菓子が、
誰かの人生のスパイスに
山口さんの活動をきっかけに、山へ一歩踏み出す人もいる。
「山は登らないけど、気になるからと登山口で待っていてくれた人がいました。最終的には登山も始めたみたいで。山に興味がなかった人が、てくてくをきっかけに山を好きになってくれるのは嬉しいですね」
その変化は、身近な仲間にも起きている。てくてくの活動を撮影するカメラマンも、もともとは山に縁がなかったひとりだ。
「私の活動に興味を持ってくれて、一緒に山へ行くうちに登山の楽しさにハマっていきました。撮影した写真をSNSで発信していくうちに、山の撮影の依頼にもつながっていったんです」
“楽しそうだからやってみる”。そのシンプルな衝動から始まった活動は、少しずつ、誰かの行動や仕事、生き方にも影響を与えている。
「四国や関西エリアの山でお菓子売りをしてくれるパートナーが増え、てくてくの活動が少しずつ広がっています。山には、人の気持ちを前向きにしてくれる力がある。この活動をきっかけに、さまざまな人の新しい挑戦の芽が生まれたら嬉しいですね」
「30年、いや50年。歩ける限り、続けたい」。そう話す山口さんは今日もまた、重たいショーケースを背負い、山へ向かう。
山口 あいみYamaguchi Aimi
1980年、北海道生まれ。登山歴は10年以上。2021年より、山を歩きながらお菓子を販売する活動「お菓子売りの てくてく」をスタート。北海道を拠点に、山でのお菓子の販売(行商)を行う一方、東北、関西、四国など各地ではパートナーと連携しながら活動を展開している。年間30回以上の行商を行い、フィールドでの出会いやコミュニケーションを軸に活動を続ける。近年は、公共交通機関を利用しながら自転車を楽しむ「輪行」を取り入れたツーリングプロジェクト「Ring Ride」のディレクションにも携わり、活動の幅を広げている。
TARGHEE IV WP
重量:460g(24㎝片足)
15kgの背負子ハイクも支える、タフな安定感
接着剤不使用で、ターギーコレクションの中でも一番エコフレンドリーなモデル。空気を注入して成形された《KEEN.LUFTCELL》PUミッドソールによってクッション性が大幅に進化し、長時間の歩行をより快適に。さらに耐摩耗性に優れたアウトソールや、高いグリップ力を誇る全方向対応型ラグパターンも備え、テント泊装備など重い荷物を背負って歩くときも安心の設計だ。