大学時代、バックパッカーに憧れて世界を旅していた
イラストレーター・リョウスケ・イワシさん。
その延長線上で出会ったのが、ロングトレイルだった。
「意味のないことを、とことんやる遊びなんです」
何千、何万kmと歩いた先にあったのは、絶景でも達成感でもなく、
ただ歩くことを楽しむという、シンプルな答えだった。
自由を求めて。
バックパッカーから転身
今年で40歳を迎えるイワシさん。大学生だった2000年代前半は、ちょうどバックパッカーブームの真っただ中だった。
「親世代は沢木耕太郎の紀行小説『深夜特急』だったと思いますが、僕らの世代はテレビ番組『進め!電波少年』や、番組内のヒッチハイク企画を綴った『猿岩石日記』がとても流行りました。
その影響をもろに受け、ただなんとなく旅人になりたいという気持ちでバックパッカーになったんです」
インドやネパールなど、海外を旅する日々は楽しく、関西の大手企業に勤めるようになってからも、休暇を取っては旅を続けていた。しかし、ホテルや交通機関を使って移動し、クレジットカードで決済する。そんな便利な旅に、次第に物足りなさを感じるようになる。
「『もっと自由な旅がしたいな』と思うようになったんです。テントを背負って旅をしたらおもしろそうだなって。それで調べていたら、ロングトレイルという文化を知りました。
しかもアメリカのトレイルでは、自分が海外のレイブパーティーで出会ってきたような雰囲気の人たちが、たくさん歩いていたんですよ。この人たちが歩けるなら、自分も歩けるかもしれないなと思いました」
イワシさんが生まれ育ったのは、兵庫県の名峰・六甲山の麓。山遊びに親しみこそあったものの、本格登山経験はほとんどなかった。それでも2015年、アメリカ西海岸を縦断する約4,265kmのPCT(パシフィック・クレスト・トレイル)を踏破した。
「国境を超えて、言語が変わって、まったく知らない土地や山を自分の足で歩く。それには数値化できない心が躍る感覚がある。初めてPCTを歩いたとき、まさにこれが"旅"だと感じましたね」
アメリカのロングトレイルは、
性に合っていた
「僕は最初にアメリカのロングトレイルを歩いたので、それが当たり前だと思っていたんですが、徒歩だけで何千kmも歩くルートって、じつは世界でもあまり多くないんですよ。まず、その規模感がいいですね」
また、アメリカのロングトレイルで出会った人たちにも惹かれたという。
「出会う人たちはみな、登山家というより、旅人。旅行が好きで、体力があって、ただ歩き続けることが苦じゃない人が集まってくる。
山に対してもすごくラフで、“山を制覇する”のではなく、“山の中で生活する”という感覚。ピークハントもしないし、歩くということ自体を楽しんでいるんです。
もともとアメリカにはヒッピーカルチャーがあり、その延長線上にロングトレイルが発展してきたのだろうなと思っていて。歩いて旅をする人たちが切り拓いてきた、少し泥臭い空気感が、僕にはすごく合っていたんですね」
とはいえ、イワシさんが惹かれるのは、アメリカという場所そのものではない。
「ヨーロッパにはカミーノがありますし、日本にはお遍路があります。アルプス周辺のトレイルも、山岳文化がベースになっています。どのトレイルにも、その国の歴史やカルチャーが引き継がれている。『どのトレイルが一番いいか』はなくて、行ってみたいトレイルが、この世界にあるか。それが一番大切だと思っています」
歩き続けることで、気づけたこと
どこまでも連なる山々や美しい湖畔、豊かな植生。雄大な景色の移り変わりをじっくり味わえるのは、歩く旅ならでは。ただ、イワシさんにロングトレイルの魅力を尋ねたとき、真っ先に語られたのは景色のことではなかった。
「もちろん、綺麗だなとは思います。でも、それを毎日見続けていると、慣れてしまうんです。感動も少しずつ薄れていく。それでも楽しいと思えるのは、景色だけがロングトレイルの魅力ではないからだと、最近は感じています」
では、景色の先にある、ロングトレイルのおもしろさとは何なのだろうか。イワシさんが挙げたのは、歩くことそのもののおもしろさだった。
「今の時代、意味がないことに意味を見いだしにくいじゃないですか。コスパにタイパ、人間関係まで何でも効率化されています。
でも、ロングトレイルって、とても非効率ですよね。無駄な時間をまとめてつくって、自分を放り込み、ただ延々と歩き続ける。いわば、意味のないことを、とことんやる遊び。すごく特殊な状態ですが、だからこそおもしろいと思っています」
意味のないことも、やり続けていると意味が生まれることもあるのだろうか。
「歩いている間、ずっと物思いにふけっていました。人はきっと、シンプルな生活になると、心の奥に残っていた強い記憶が自然と出てくるんだと思います。昔の嫌だったこと、自分の未熟だったところ、そういうものともひたすら向き合いました。
そうして人生一周分くらい考えた結果、『いろいろ考えていたつもりだったけど、自分は意外と何も考えていなかった』という結論に至ったんです」
目の前の楽しさに夢中になっていただけ。ロングトレイルも、アートも、楽しいからやっている。結局、それだけのことだと気づかされたという。
「ロングトレイルの世界では、長い距離を歩き切ると、それだけですごいことを成し遂げたように見られます。でも実際は、既にある道を歩いているだけ。経験を重ねるうちに、さして自慢するようなことでもないなと思えてきて。自分は楽しかった、それだけ。
そう思えるようになると、『成功しなきゃ』という感覚がなくなり、気持ちが楽になりました。行けたら成功。行けなくても、それはそれでおもしろいんだなって」
ロングトレイルが、
今の生活をかたちづくっている
ロングトレイルは、歩いている時間だけで完結するものではない。イワシさんにとって、その経験は日々の暮らしや仕事にもつながっている。
「イラストの仕事も、今回のような取材も、全部ロングトレイルがベースにある。今のライフスタイルそのものが、そこから派生していると言ってもいいくらいです。僕のなかでは、毎年何カ月かロングトレイルで遊んで、その経験をほかの活動へ分け与えているような感覚ですね」
歩くなかで得たインスピレーションは、イラストにも息づいているそう。
「イラストのモチーフやアイデア、色彩などはロングトレイルから拾ってくることが多いですね。昔はいろいろなものから影響を受けていました。アニメを見たり、ほかのカルチャーだったり。
でも今は、ロングトレイルの比重が圧倒的に大きい。直接ロングトレイルを描いていなくても、その要素は確実に作品へ影響しています。それが一番、自分らしい表現だなと思っています」
ロングトレイルでは、休憩のたびにスケッチブックを開き、その日、その場所で感じたことを描き留める。半年ほど歩く旅では5〜6冊、一度のロングトレイルで100枚ほど描くこともあるという。写真ではなく、自分の手で描くこともまた、歩いた記憶を残す大切な行為なのだ。
好きなところだけ歩いたっていい
ロングトレイルと聞くと、距離の長さやかかる日数から、「自分には難しそう」と感じる人も多いだろう。しかしイワシさんは、必ずしもルートを全て歩く必要はないと言う。
「セクションハイクという考え方があります。全部を歩かなくても、限られた休みのなかで、自分が興味のあるエリアだけを楽しんでもいいんです。『距離を伸ばさなければ』と焦る必要もないので、トレイル脇の植物や花をじっくり見ながら、余裕をもって歩けます」
今回歩いた全長約38km、長野県の長門牧場から美ヶ原をつなぐ「霧ヶ峰・美ヶ原中央分水嶺トレイル」も、そんな楽しみ方にぴったりのフィールドだという。
「霧ヶ峰エリアは、短い区間に車山や八島湿原、三峰山など見どころがぎゅっと詰まっていて、歩くごとにどんどん景色が変わっていく。まさに、いいところを一気に歩けるトレイルですね。難しい道も少なく、とにかく歩いていて気持ちがいい。セクションハイクとして十分満足できる場所だと思います」
山小屋も点在しているため、荷物を軽くできるのも、このエリアの魅力のひとつ。
「そのぶん、スケッチブックやカメラなど、自分が楽しみたいものを持って歩いてもいいですよね。立ち止まって景色を眺めたり、写真を撮ったり。気軽に、自由に過ごしながら歩けるのも、このトレイルの魅力だと思います」
どんな道にも応える、
オールラウンドな一足
数々のロングトレイルを歩いてきたイワシさん。最近は、改めて足と靴の大切さを考えるようになったという。
「特に問題なく歩けていたので、昔はそこまで気にしていませんでした。でも最近は、自分の足や靴ともっと向き合わないといけないなと思っています」
舗装路や林道、岩場、ぬかるみなど、ロングトレイルではさまざまな路面を歩く。だからこそ、一つの性能に特化するのではなく、多様なフィールドに対応できるバランスのよさが、シューズ選びでは重要になる。
今回着用した『TARGHEE IV WP(ターギー フォー ウォータープルーフ)』については、そんなオールラウンドな一足だと評価する。
「昔から、KEENというと堅牢なブーツというイメージがあります。今回履いたターギーフォーは、そんな堅牢なブーツを軽量化、快適化したような印象。
まず、つま先にゆとりがあるので、足指をしっかり動かして歩くことができ、履いていてストレスがありません。靴自体に安定感があるので、横ブレもしにくい。防水性の高さも、セクションハイクで限定的に歩く際には魅力的です。
何より靴ひもを締めると、それに追随してかかとがグッと持ち上がるような感覚があるのが驚きでした。足にしっかりフィットするので、歩きやすいですね」
これはKEEN独自のヒールロックシステムによるもの。かかとから伸びたテープと靴ひもが連動していて、靴ひもを結ぶことで足首からかかとまでのフィット感が生まれるのだ。かかとが浮かず、足運びもよくなる。
「歩くスタイルやフィールド、個人の好みやその時代の風潮によって、シューズに求める条件はさまざま変わります。でもこのシューズは本当にオールラウンダーで幅広いシーンで活躍してくれるし、時代に囚われないKEENらしいスタイルも楽しめると思います」
自分のペースで、歩き続ける
これから挑戦してみたいトレイルについて尋ねると、イワシさんはこう話した。
「最近は『挑戦しなきゃ』という気持ちにあまりならなくなりました。人って、一生挑戦し続けられるわけじゃないと思うんです」
イワシさんは、アメリカ三大ロングトレイルをすべてスルーハイクした「トリプルクラウナー」だ。かつては、もっと難しいトレイルへ、もっと大きな挑戦へと気持ちが向かっていた。しかし今は、自分が心から「行きたい」と思えるタイミングを大切にしたいという。
「今は、友人とハイキングを楽しんだり、以前歩いた道をもう一度訪れたりすることが楽しいんです。無理に難しいことをやる必要はないなって。本当に歩きたい道が見つかったときに、また自然と歩き始めればいい。そうすれば、一生この遊びを続けられる気がしています」
撮影協力:霧ヶ峰キャンプ場
リョウスケ・イワシRyosuke Iwashi
1986年、兵庫県生まれ。イラストレーター、ロングトレイルハイカー。2015年にアメリカのパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)を歩いたことをきっかけに、世界各地のロングトレイルを旅する。アメリカ三大ロングトレイルをすべて踏破した「トリプルクラウナー」。イラストの仕事のほか、アウトドアブランド「HIKER TRASH」のディレクションも担当。フライフィッシングやバイクパッキングなど、さまざまなアクティビティを組み合わせたアウトドアライフも楽しむ。
TARGHEE IV WP
重量:530g(27㎝片足)
トレイルの変化にも対応する、
バランスのよい設計
アッパーとソールを接着剤を使わずに一体成型する「ダイレクトアタッチ製法」を採用し、シリーズ最高レベルの耐久性を実現した『TARGHEE IV WP(ターギー フォー ウォータープルーフ)』。KEEN独自の防水透湿素材「KEEN.DRY」、つま先にゆとりを持たせた設計、防滑性に優れたアウトソールなど、多彩な機能をバランスよく備えたオールラウンドな一足だ。舗装路や林道、岩場、ぬかるみなど、路面状況が刻々と変化するロングトレイルから気軽なセクションハイクまで、幅広いフィールドで快適な歩行をサポートしてくれる。